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第101回 緑園国際交流 トークサロン
この世にルーマニアと言う国がなければ
いまや、民主化し、NATO、EUにも加盟

ジョージ・シェルバン・ラデスクさん  
ジョージ・シェルバン・ラデスクさん   
 
ルーマニアは、
ブルガリア、ハンガリー、
ウクライナ、モルドバ、
セルビア、黒海に囲まれた国 
 今回のスピーカーは、ここ緑園都市にお住まいのジョージ・シェルバン・ラデスクさん。ルーマニアから東北大学に留学、同大学院で経済、コンピューター科学を専攻され、現在日本で会社勤務されている。来日して11年(内、東北大学に7年間)になるという。

 緑園都市コミュニティ協会(RCA) 国際交流委員会主催による第101回ト-クサロンが5月25日(土)緑園クラブハウスで開催された。

 現在のルーマニア国家の誕生に至る歴史とその背景を語らずして、変わり行く政治、経済、文化、日常生活の様子は語れないと、流暢な日本語で紹介いただいた。 最初に「ルーマニア」という国名は“ローマ帝国の国民”という意味とのビックリする紹介で始まった。そのことを証明する1521年に記載されたという歴史的ドキュメントが映像で紹介された。

 
   

 ルーマニアの国土面積は日本の約60%、人口は21百万人、首都ブカレストの人口は2百万人で東京の約1/6という国である。民族構成はルーマニア人93%、その他にはハンガリー人が多くを占める。公用語はルーマニア語。大統領が国家元首で、国民から直接選挙で選ばれ、大統領と議会によって首相が選ばれる。通貨はルーマニア・レウ(3.20レウ/100円)。ルーマニアの紙幣を持参、会場で回覧、見せていただいたが、すべてプラスチック製だそうです。

 現在の国内総生産は0.2兆ドル。規模的にはまだ日本の4.6兆ドルに比べると約1/20にあたるが、ジョージさんが幼少期の時代の記憶として、19471988年の社会主義国家時代、国内生産が無く、国家が借金を抱えていた時の話である。食糧難で僅かなパンを購入するのに、2時間も3時間も列に並んで漸く手に入れることが出来た。

 

 未だ大変幼かったジョージさんには、この様な生活状況が全く理解出来なかったそうである。ある日、ジョージさんはもっとパンを買いたい一心で、2度列に並ぶ事を考え、母に止められたが一旦家に帰り服装を着替え再度列に並んでパンを手に入れようとしたが、販売員に〝君また来たの“と言われ慌てて逃げ帰ったという苦しかった当時の生活の一端を感慨深げに語ってくれた。

 古代、ルーマニア地域にはダキアという国家が存在したが、ローマ帝国は当時、金、銀を求めて紀元106年にダキアを支配下に治めローマ帝国の属州とした。中世(紀元600年)になると現在のルーマニア地域には3つの公国ワラキア、モルダヴィア、トランスシルバニアが存在した。しかし、いずれも他国の支配下におかれていた。これらの地域には、中世の面影を偲ぶ城塞、教会等美しい建造物が数多くあるという。現在世界遺産はマラムレシュの木造教会、モルダヴィア壁画等7件あるとのこと。観光は57月が最適だそうだ。

 1877年になると他国の支配下からワラキとモルダヴィアは合同して独立、ルーマニア王国が誕生。第一次世界大戦でトランスシルバニアを併合した。しかし、第二次世界大戦でナチスドイツの影響を受けると同時に再びソ連による領土侵攻、割譲を余儀なくされた。戦後はソ連の影響下で、社会主義国家時代が長く続き、そして1989年、ルーマニア革命によりチヤウシェスク独裁政権が打倒され、新生ルーマニアの民主化がスタートした。経済政策は「中央経済」から「マーケット経済」に変わり貿易も自由になり、以前とは全く状況が変わったそうである。2004年にはNATOに参加、2007年にはEUに加盟。しかし給与はEUの中では1番低いと残念そうに語るジョージさん。

 ルーマニアの気候は、平均気温が8~10℃ 過去には最低気温-38℃、最高気温44.5℃を記録、-20℃程度は当たり前だそうだ自然環境では国土の13%が森で、野生動物の熊、オオカミの数は欧州全体のそれぞれ60%、40%を占める。そして、ドナウのデルタ(三角州)は世界自然遺産になっているとのこと。

 
   

 文化面ではルーマニアの大変リズミカルな民族ダンスを映像で紹介。スポーツでは‘76年五輪女子体操でコマネチが金メダル、サッカーで‘86年W杯優勝などの活躍、さらにチョット風変わりな“オイナー”というルーマニア起源の野球に大変似たスポーツも紹介された。
 また、ギリシャ正教で最大のイべント“クリスマス”では珍しいツイカと呼ばれる梅酒、豚肉料理等がふるまわれることや“復活祭”の
詳しい様子が披露された。

 最後に、駐在経験者等の聴衆者から、独裁政権下の社会変動、ルーマニア革命にまつわる思い出話も披露され終了した。今回のトークサロンはお互いの国に関心を抱き、理解することが良き友人への第一歩だとあらためて痛感させてくれた。(RCA国際交流委 美和記)